リテールメディアの先駆者・アドインテ稲森氏が語る業界の現状と展望
- 野口 航
- 4月3日
- 読了時間: 15分
更新日:4月15日
リテールメディア支援事業を手掛けるアドインテ社。同社は昨年の「Retail Media Summit 2024」を主催し、業界に大きな反響を呼び起こした。副社長を務める稲森学氏は著書「実践リテールメディア」で体系的な知識を広め、名実ともに日本のリテールメディア第一人者として認知されている。
数々の国内トップ小売事業者との取り組みを推進する稲森氏に、日本におけるリテールメディアの現状と展望について話を伺った。実際に第一線で多数の案件を手掛けているからこそわかる貴重な知見や直面する課題が満載の対談となった。
経営者としての道のりと企業の歩み
――まずは稲森さんのご経歴を教えていただけますか。
稲森: 18歳から営業を始め、20歳で起業、24歳で自身の株式を売却しました。その後、イーファクター(現メタップス)という、アプリ広告やフィンテック関係のサービスを提供する企業に務め、大阪支社立ち上げなどを経験。SNS台頭期に2社目を起業し、その会社が2016年にアドインテと合併して副社長となり、現在に至ります。
知人の経営者からアドインテの十河社長を紹介され、自社開発したBeaconのプロダクトだけはできていた状態で、オフラインデータに可能性を感じたので合併を決めました。お互い今みたいな規模ではなかったのでやりやすかったですね。

――アドインテ社の歴史も教えていただけますか。
稲森: 元々アドネットワークやSEO、DSP開発をしていた会社です。途中でBeaconや位置情報データなどのオフラインデータに着目し、そこからAIカメラやデジタルサイネージ、自動販売機などのハードも開発できる会社に発展しました。オフラインデータとデジタルの融合というコンセプトで小売企業向けにサービスを展開し、現在はリテールテック領域で事業を行っています。
ニッチなビジネスからリテールメディアへの転換
――ネット企業でハードウェアに関わる企業は少ないですよね。工場も持っているんですか?
稲森: 工場は持っていませんが、ハード設計ができるエンジニアがいるので、ビーコンも基盤から設計し自社開発してきました。
ただ、当時から思っていましたが、Beaconだけではニッチすぎるので、アドインテとの合流時の自分のミッションとして、これらをフックにスケール感ある事業をどう構築するかを考えていました。位置情報配信もやりつつ、より大きな領域としてリテールメディアに着目したのが2017年頃です。小売企業様との連携が必須の事業ではあるため少し躊躇はしましたが、様々な小売企業様にリテールメディアを提案し始めました。
――その頃から「リテールメディア」という名称で提案していたんですか?
稲森: そうです。海外では”Retail Media”というキーワードが認知され始めていたので、そのまま日本でも提案していました。ただ当初は理解されず、「DX」や「販促広告DX」「店舗をメディア化する」など様々な切り口で伝えていました。ようやく大手企業が一社協業してくれたのが2019年で、それがツルハホールディングス様です。ツルハ様が採用してくれていなければ、今の私たちは違った戦略を取らざる得なかったかもしれません。
――2019年といえば、コロナ前からツルハさんはこの領域に踏み出していたんですね。
稲森: はい。2年間札幌本社に通い詰めました。様々な条件を調査した中でツルハさんに絞り込み、2年かけてようやくデータを活用できる環境が整ったのが2019年です。その後、リテールメディアが一般化して、好事例も出てきたりすると、以前に提案していた小売企業様から逆に声がかかるようなことも多くなってきました。
――御社のリテールメディア事業へのリソース配分はどの程度になっていますか?
稲森: 従業員約200名のうち、管理部門を除くと半分近くはリテールメディアに割いています。メーカー様専門のチーム、小売様専門チーム、広告運用、サイネージ設置・保守、データ分析チーム、レポート作成のチームなど多岐にわたります。
――一般的なネット広告ビジネスと違って、リテールメディアの構築と運営は大変ですよね。
稲森: 想像していた以上に本当に大変です。オフサイト配信だけならまだいいのですが、サイネージは数万台規模になっており、管理がとても大変です。閉店や新店オープン、移設だったり、店舗の通信環境が良かったり、悪かったり、様々な状況に対応しないといけません。
リテールメディアの熱気と競合の動き
――稲森さんはリテールメディアの最前線にいらっしゃると思います。私は2024年11月に御社が主催された「Retail Media Summit 2024」に参加して、ものすごい熱気を感じました。ただ、あの瞬間が日本のリテールメディアの最高潮だった感もあり、4ヶ月程度経った今は、熱気がやや落ち着いたかなという気がしていますが、体感はいかがですか?
稲森: ドラッグストア、コンビニ、スーパー、GMS、家電量販店、EC系の大手がほぼ参入した状態なので最高潮ではあるものの、今後は各々の取り組みがより深いものになっていくと思います。また、メーカー様側の反応やメジャメントの標準化など課題も多く残っています。GoogleのCookie問題も今年、来年の話なので、今後もリテールメディアの重要性はさらに高まっていくと思いますし、まだまだこれからだと思っています。
――他社のリテールメディア支援事業者が通信キャリアや航空会社、銀行などと多くパートナーシップを結んでいる印象がありますが、御社は小売中心ですね。戦略的な理由があるんですか?
稲森: 海外では交通系や銀行も含めて「コマースメディア」と呼んでいて、私たちも拡大したい思いはありますが、まだ200人規模なのでリソースに限りがあります。それと、1社の流通企業様に対してすべきことがまだまだ多くあるので、今は1社様1社様に向き合って進めたいと思っています。ただ一部銀行との提携をスタートしたので、口座情報などを活用しながらアプリ内配信などを展開中です。
――リテールメディアとコマースメディアを比較した場合の強み弱みはありますか?
稲森: 銀行は預金データなどの小売が持たないデータを持っています。クレジットカード会社もありますが、購入品目までは把握できないなどの弱みもあります。横断的に広く持つデータと、一流通に対する深いデータ、この横と縦の軸がどう融合するかが今後のコマースメディアやリテールメディアの重要ポイントになると思っています。
――リテールメディアとコマースメディアでは、広告主の種類には違いがありますか?リテールメディアは配荷されている商品のメーカーやECモール出店社が多いと思いますが、コマースメディアでは関連性の低い商材も多くなるのでは?
稲森: リテールメディアではメーカーが中心軸ですが、コマースメディアでは不動産や自動車など活用されるケースは広がります。最近は小売データを活用した保険会社の事例も増えています。
メーカー予算の獲得と出稿の狙い
――小売のオウンドメディアではインプレッション数も少ないと思いますが、ターゲティングはどのように行われていますか?
稲森: まだ仮説だったり、試行錯誤の途中ではありますが、業態によって異なると思っています。コンビニは来店頻度が高いため過度なターゲティングは不要かもしれません。ふらっと立ち寄った際に普段買わないものを購入する可能性も多くあり、月に何十回も訪れる顧客も多いからです。一方、ドラッグストアの嗜好品などは精度高いターゲティングが効果的ですが、ティッシュや食用油のような誰でも買う可能性のある商品は広く配信した方が効果的な場合もあります。
――サイネージでは配信エリアを絞ることは多いんですか?
稲森:個人に対するターゲティングはできませんが、基本的にはエリアや時間など含め絞るケースもあります。全店舗に配荷がされている商品であれば、全店舗に配信するというケースもあるんですが、配荷されている店舗だけに絞ったりしながらエリアごとに出し分けをおこなっています
稲森: 件数では営業部による販促予算が多いですが、年間総額では広告宣伝費と半々程度かなと思います。ブランド予算は今期に一気に増えてきた印象です。
小売にとって導入障壁を低く設定し、面倒なプロセスも巻き取る
――御社が支援する小売パートナーの媒体資料がネット上には公開されていないようですが、独占販売なのでしょうか?
稲森: そういうわけではありません。頻繁なアップデートもあり、現状ではメーカー様向けが中心なので、網羅的にアップロードする機会がなかったということです。
――広告運用はどのように行われていますか?
稲森: 全て社内で行っています。アプリもサイネージのCMSも自社開発したもので、オフサイト配信や運用も全て自社で行っています。
――小売側からすると御社に一括依頼できるということですね。
稲森: そうです。アプリ広告、サイネージの設置、CDP開発、分析、配信、運用、レポートまで基本的に全て私たちが対応しているので、お声がけいただければワンストップで対応可能な状況です。
――フィー体系はどうなっていますか?
稲森: 広告収益を小売と分配するレベニューシェアの形で、アプリか、オフサイト配信か、サイネージか、またアプリの枠種などによって料率はまちまちです。初期開発費用をいただくケースと弊社が”投資”するケースがあり、それによっても料率は変動します。
――御社側の初期投資の手間が相当なものだと思います。着手後に「やっぱりやめます」「PoCがうまくいかなかった」などと言われると相当厳しいのでは?
稲森: おっしゃる通り、それは非常につらいので、私たちが投資する場合には事前のPoCは最低限の項目確認をして頂く形で、基本的に全店舗規模での導入を前提とします。決定後に数店舗程度で実際に動作確認をして、問題なければ全店展開という流れです。「数店舗で試してから判断する」というアプローチはこれまでほとんど採用していません。
――逆に小売からすると、何も実験していないのに投資判断をしなければならないというのは難しくないですか?
稲森:難しいですね。なので、コストは最小限に抑えれる形で提案をさせていただいております。初期費用や月額費用で利益を出すつもりは正直全くないので、やはりパートナーとして、事業での収益を一緒に最大化する為にかける費用などは限界まで落とす努力をしています。
――現在の小売企業側のリテールメディアへの取り組み意欲はいかがですか?
稲森: 企業によってまだまだ温度差はあると思います。2019-20年頃は「新規事業として試してみる」という姿勢が多かったですが、最近は「どこもやっている」という認識が広まり、以前は消極的だった企業でも、「急遽、経営会議でリテールメディアをやることが決まった」というケースも増えています。
――プレスリリースで公開されているツルハHD、ウエルシア、ロフト、マックスバリュ西日本、ヤマダホールディングスといったパートナー以外にも主要なパートナー企業はいますか?
稲森: GMSのサイネージメディアも担当させて頂いていたり、アプリやオフサイト配信も取り扱わせて頂いています。CVSもパートナーとして、様々な領域でご一緒させて頂いております。データを扱うための専用の部屋まで東京オフィスに開設しています。
――複数の小売りに一元的に広告を出せるようなネットワークはありますか?それがBRAND LOOP Adsですか?
稲森: はい、私たちに依頼いただければ、横断して同時期に同じ商品カテゴリーを購入している人などに配信することは可能です。
広告効果測定とKPI
――POSデータ連携やクローズドループ測定は、各社できている状況ですか?
稲森: 基本的に私たちと協業している企業様は可能になります。やはり、リテールメディアの強みではありますので。
――広告主から最も求められるKPIは何ですか?
稲森: ブランドや部署によって異なります。営業部門なら売上、マーケティング・宣伝部門ならリーチ数やリーチ単価といった違いがあったりします。「競合商品に対してリーチしたい、その単価は?」という場合もあれば、「売れたか売れていないかだけ知りたい」という場合もあります。一つのレポートフォーマットでは対応できず、都度カスタマイズが必要になります。
――本当に手間がかかりますね。
稲森:本当に想像の5倍は大変でした。
リテールメディア支援事業者間での戦い
――リテールメディア支援事業における他社からの乗り換えや引き剥がしなどの動きは起きていますか?
稲森: はい、「やめる」と言われることは今のところほぼありません。私たちへの切り替えをして頂くケースや相談もあります。元々別のベンダーが入っていたケースでも、弊社にデータを解放してもらえるケースやアプリ広告の運用や設計を任して頂くこともあります。特にサイネージの切り替えは去年非常に多くありました。すでに設置している既存機材を活かしつつ、ソフトウェアやSTBなどから入るケースが中心でした。
――かなり手間がかかりそうですね。今後は逆に、御社が標準的な型を提供してまるっと導入してもらう形になる可能性はありますか?
稲森: スーパーマーケットなどのこれから参入する業態では、これまで培ってきたソリューションをそのまま導入してもらうことも十分あり得ると思います。ただし「CDPは既にある」というケースもあるので、全て弊社の標準を提供できるわけではないと思います。個人的に今の国内の状況では、リテールメディアに過剰なコストをかけてスタートしてもあまり意味がないと思っているので、現状のリソースを活用して最小限のコストで始められることが重要だと考えています。データ活用かアプリかサイネージか、企業ごとに最適な入り口を見極めながら進めるべきだと考えています。
現在の課題と展望
――店舗系リテールメディアの現在の課題は何ですか?
稲森: 課題は多くあります。リテールメディアに関わる皆様とお話すると、リテールメディアあるある話で盛り上がります。先ほどお伝えしたメジャメントの標準化もありますし、商品部との連携も重要です。配荷の問題もありますし、店頭販促との連動ができた方が当然効果も最大化されます。メディア側(小売企業)がNoと言えば、広告主が出稿すると言っていても、企画が消えてしまうこともあります。
また途中から支援に入って困るのが、顧客接点ごとにベンダーがバラバラな状態です。アプリ、サイネージ、CDP、店舗運営がそれぞれ異なる部署・ベンダーで対応しているため、アプリとサイネージをセットで販売するのが本当に難しい。これでは流通企業の持つ資産を横断的に活用できず、うまくいかないケースが多いです。米国のウォルマートやクローガー、Amazonなどは統合されていますが、日本ではメディアごと、メニューごとに別々のベンダーという状況があるのも課題だと感じます。
店舗によるリテールメディアは市場として成立するか
――日本の店舗型リテールメディア市場は成立すると思いますか?
稲森: これに関しては、当初の2017年からずっと変わらず思っていますが、絶対に成立すると思っています。日本でのEC率はまだ伸びると思いますが、やはり消費の中心はオフライン購買が中心なので、店舗での体験や店舗のメディアとしての価値は必ずあると思っています。デジタル広告の世界になかったオフラインデータを活用し、オフサイトにも配信できるため、店舗型リテールメディアは必ず伸びると思います。海外のリテールメディアにおける成長は真逆の成長を辿っていますが、最終的には日本も大きな市場になると思います。
――アメリカと日本のリテールメディアの違いは?
稲森: 市場構造が根本的に異なります。アメリカでは上位数社で90%近いシェアを占めますが、日本ではトップ3でも30%に満たない状況です。これが測定の標準化も難しくしています。その解決策とまでは言えないのですが、ツルハホールディングス様のデータクリーンルームをリリースしましたが、一流通のデータ活用に閉じていたものから、メーカーとのデータ連携や小売間コラボレーションへの先駆けになればと考えています。
アドテクによる外部連携やCDPの広域活用の可能性
――テクニカル面について、外部のプレーヤーが使えるAPIは公開されていますか?
稲森: 現在は提供していませんが、今後はぜひ実現したいと考えています。ウォルマートもそうした方法を採用していますし、特に日本市場ではそういったアプローチが有効だと思います。
――個人的には、100個ものリテールメディア管理画面がある世界は現実的ではないと思います。
稲森: そうですね、広告主側も使わないでしょうし、運用も現実的にできないと思います。
――一元管理できないと普及の障害になると思います。RTBのようなプログラマティック広告の検討はされていますか?
稲森: もちろん可能性はありますし、将来的にはRTBとの連携や、セルフ運用ができる状態が望ましいと思います。ただ、現状はオンサイト広告の販売は好調なので、今今すぐに、ではなくても良いと感じています。
――CDPを構築する際はDatabricksを使用しているのですか?
稲森: そうですね、弊社が構築する場合は多く採用しています。
――ユーザーIDについて、小売A社と小売B社で同じユーザーを名寄せしているのか、別々に扱っているのか教えてください。
稲森: 基本的には別々に扱っています。大事なデータを活用させて頂いているので、勝手に混ぜるようなことがあってはならないので。
――「基本的に」というのは、メールアドレスなどで名寄せすることも技術的には可能ということですか?
稲森: そうです。メールアドレスや広告IDで名寄せは技術的には可能です。A社B社のデータは持っているので可能ではあるのですが、競合企業同士のデータを勝手に組み合わせるのは当然NGです。一部の流通間では連携できているケースもありますが、多くは分けたままというのが現状です。
成功も失敗も多くの経験を積み重ねたことが強みに
――最後に読者の方へメッセージをお願いします。
稲森: 小売企業様がリテールメディアを始める際はぜひお声がけいただきたいです。広い領域をワンストップで提供できる会社は多くありません。成功例も失敗例もたくさん経験し、何が上手くいかないかも見えてきました。
メーカー様向けにも、コンビニ、スーパー、GMS、ドラッグストアなど幅広い業態と協業しているので、リテールメディアの効果的な出稿方法についてご相談いただければと思います。
