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書籍紹介「実践リテールメディア」

野口 航

更新日:1月6日

2024年も年末に差し掛かった現在、「リテールメディア」と言われても各々が頭の中に思い浮かべるイメージは百人百様だろう。そんな中、日本でも歩み始めたリテールメディアについて、概念的な説明や具体的な事例を含めて体系的に著した書籍が発刊された。


著者は「リテールメディアサミット 2024」を大成功に導いたアドインテ社の稲盛学氏だ。今年10月に開催された同社主催のイベントには筆者も参加したが、2日間に渡って大手メーカーや大手小売、大手広告代理店の担当者らが次々と登壇し、フロアを行き交った。その熱気は2010年頃の「アドテク」の熱気にも勝るとも劣らないものだったが、異なっていたのは参加している面子だろう。リテールメディアは、これまでネット広告とは縁遠かった人々が主役だからだ。


リテールメディアの広告枠は基本的に小売事業者が作り出すものである。デジタル広告ビジネスの参入のためにはCDP、ID-POS、DWH、アドサーバ、効果検証...といった、以前では考えられなかったようなIT活用や訓練が必要となる。広告主となるメーカーは、リテールメディアの出稿にあたって単に小売アプリの全ユーザーに画一的な広告を配信するのではリテールメディアの真価が発揮できておらず、棚取りのためのお付き合い出稿になってしまっては残念だ。広告宣伝に関してはブランドマネージャーの神技に依存している場合も多いだろう。広告代理店やアドテクベンダーにとっては、ID-POSデータを分析できる技術がなければ付加価値を発揮できない。そのようなネット広告やITには詳しくないが、リテールメディアに可能性を感じて一歩踏み出してみようという方に、本書は大変ふさわしい内容になっている。


本書に掲載されている、競合メーカーの商品を購入したユーザーに自社商品の広告を配信する例は非常にわかりやすい。ネット広告の世界で言えば、リスティング広告での競合サイトに行ってしまいそうなキーワード、比較検討中に出現するリターゲティング、位置情報広告での競合店訪問者ターゲティングとも似ているだろう。さらに言えば、消費財や食品においては時間軸があるため、ブランドスイッチを促し、それを計測できるのである。


さて、本書には広告ビジネスを行う小売事業者側の事例も、広告主であるメーカー側の事例も豊富に掲載されているが、いずれも事業として大成功を収めたという段階では無いだろう。米国でリテールメディアが大きく伸びているとは言っても、ECとしてのAmazon内部での広告と、実店舗の小売で圧倒的なシェアを持つウォルマートが牽引している状態と言われる。日本のリテールメディアの中で大きなビジネス規模になっているのは、大手ECサイト内で"お金で棚取り"をするものが大半だろう。本書でも日本の特性や課題として触れられている点として、メーカー内の商品部と広告宣伝・マーケティング部の縦割り組織、その販促費と広告費のどちらから捻出するのかといった問題に加え、仕入れにおいては立場の強い小売事業者がリテールメディアにおいては広告を出稿してもらう弱い立場に逆転する、といった複雑な環境がある。筆者は商圏がコンパクトな日本ではEC化率は米国ほどは上がらず、世界に類を見ない共通ポイントの普及環境などの点で、日本のリテールメディアはガラパゴス的な進化を遂げていくと考えている。


「デジタルサイネージ広告なんて効果ないんじゃないの?」「小売チェーンのアプリなんてインプレッション数少なくて出稿面倒でしょ」と思っている方にとって、ぜひ手に取って頂きたい一冊である。リテールメディアの論点はそこではなく、データが中核なのだということを感じられるはずだ。

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