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AmazonがECサイト向けにリテールメディアネットワークサービスを開始

野口 航

更新日:1月30日

2025年1月9日、ECの巨人、そしてリテールメディアの巨人であるAmazonが、他社ECサイトがリテールメディア事業を開始するためのサービス「Amazon Retail Ad Service」を、米国で開催中のイベントCESで発表した。




このサービスは、一見しただけでは理解できないかもしれない。誤解を恐れずに言えば、中小のECサイト&アプリのための「かんたんリテールメディア構築キット」とでも言おうか。まず、Amazon.co.jpサイトやAmazonアプリとは基本的に無関係と考えるところから頭の整理を始めよう。DSPやSSPといったアドテク的な分類で言えばSSP側にあたるメディア向け製品であり、役割としてはアドネットワークとアドサーバを兼ね備えたものだと思われる。広告主側から見ると、Amazonにも他ECサイトにも一括出稿できるリテールメディアネットワークが始まる。


一般的な小売企業にとって、リテールメディア事業の立ち上げは極めてハードルが高い。必要なのは大きく2つ、システム面と広告ビジネス面の準備だ。システム面では、購買履歴データを取得してデータベースに蓄積し、ユーザーセグメント生成や効果計測を行える集計環境を整備し、アドサーバを導入して広告枠を設置し、ユーザーデータ連携を行う必要がある。広告ビジネス面では、純広告を販売する体制を整えて代理店商流を開拓し、運用オペレーションを整え、媒体資料を作成してマーケティング活動を行い、広告を受注して広告枠を埋める。このうんざりするような困難の大半を、Amazon Retail Ad Serviceは解消してくれるはずだ。日本でもここ1-2年の間に、大手小売と大手広告代理店・ベンダーとの協業リリースがいくつも出されているが、これらの多くはシステムも広告ビジネス体制も広告代理店側がまるっと請け負うという座組みであろう。


今回発表されたAmazon Retail Ad Serviceは、ECサイト版のGoogle AdSenseと言える。Google AdSenseは簡単に言えばブログなどのウェブサイトにJavaScriptのコードを貼り付けるだけで広告収入が入ってくるというもので、おそらくあなたは今日もAdSense経由の広告を見ている。サイト運営者がAdSenseを導入するにあたっては、システム開発も広告営業も必要ない。インターネット広告業界においてGoogle広告が独占的なシェアを占めるに至った所以は、Google広告の優れたシステムではなくデマンドが集まる仕組みである。デマンドとは端的に言えば広告主の量だ。現在米国で審判を待っているGoogleの広告事業に関する独占禁止法訴訟の争点は、Google広告による圧倒的に世界一のデマンドをウェブサイトやアプリが掲載するためにはGoogleのアドエクスチェンジであるAdXとアドサーバであるGAMを使わなければならず、Googleが世界を平定してしまったため代替手段も実質的に存在しない点にある。この業界においては、豊富な広告主こそ力の源泉なのだ。その点でAmazon Retail Ad Serviceは、自社のECサイトに導入するだけでAmazon広告が集めた豊富なデマンドを一夜にして享受できるようになる。Googleがネット広告業界を制覇する足跡を、Amazonはリテールメディア領域において忠実に辿っているように見える。


Amazon Retail Ad ServiceはECサイト内での検索キーワード連動広告や関連商品広告であり、ユーザーごとの購買履歴連動広告は行わないものと想定される。ある商品とある商品の関係性は、AmazonはAmazon本体の膨大な購買データから既に知っている。だから外部ECサイトであろうともクロールによって商品の識別子さえ判別できれば、現在ページに表示されている商品と相性の良い推奨(広告)商品も簡単にピックアップできてしまうというわけだ。これはユーザーIDをベースにターゲティングを行うオーディエンスターゲティングとは根本的に異なる原理だ。cookieが廃止されようがIDFAが取得できなくなろうがAmazon Retail Ad Serviceには関係はなく、関連する広告はプライバシーセーフに配信することができる。


なお、広告をクリックした後に(Amazonには遷移せずに)ECサイト内で購買は完了すると謳っているが、どのように画面が表示されるのかは不明だ。インタースティシャル的なオーバーレイで表示され、ワンクリック購入という算段だろうか。


リテールメディアの本丸は、自店舗や自社ECサイトのユーザー購買履歴データを使った独自性のあるターゲティング広告配信だ。その意味で、キーワードや関連商品で広告配信するAmazon Retail Ad Serviceは、小売企業のリテールメディア事業への"本格"参入を支援するサービスとは言い難い。ただし、当然インフラはAWSをベースとしているため、小売企業がAWSに蓄積したID-POSやECサイト購買履歴をプライバシーセーフに結びつけてユーザー単位のターゲティングを行っていく、という計画はあるのだろう。


Amazon Retail Ad Serviceは、小売企業がひとまずリテールメディア事業をやってみようという取り組みとして使うには非常に良いプロダクトとなろう。そこで小売企業が得た小さな成功や経験の先に、Amazon Retail Ad Serviceからの"卒業"が待っているはずだ。

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